朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

不死鳥

わたしは不死鳥なんじゃないかと思う。


今回こそは再起不能と信じて疑わない重症を負っても、星の流れと共に、たった数日後には(早い時は数時間)綺麗に傷は完治している。


今朝は4:44に目が覚めた。

じーっと何もせずに内観の時間を過ごし、はっとして時計を見たら、5:55だった。

ゾロ目は見た時に気分がいいので好きだ。

毎日仕事中に、11:11を時計で目撃するあそびをひとり楽しみにしている。

たまに会計で、1,111円か3,333円の時があると、めちゃくちゃ嬉しくなって、お客さんにも『今日はいい日になりますよ!』などと声をかけるようにしている。

みんな笑顔になってくれるので、それもまたうれしいのだ。


YouTubeサンボマスターのフェス動画が自動で出てきたのでつい見てしまう。ボーカルのあの太った人がカッコよすぎた。それを見て、''…イケメン(顔がいい人)て損してるな、''と思う。

'' 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ ''を一緒に大熱唱!家にいながら、心は時空を超え、そのフェスに飛んで、まるで会場の観客のひとりになった気分を味わった。


わたしが魂の自分を生き始めてから出会った深い縁ある男の人たちは、ひとりとして例外なく、みな音楽をやっていた。(もしくは音楽が大好きだった)

わたし自身、福岡に生まれなかった人生を恨むほど(福岡出身のミュージシャンが多いことから)ずっと音楽(バンド)をやってみたいと思っていた。

結局やらなかったから、ボーカルなのか、ギターなのか、ベースなのか、ドラムなのか、キーボードなのか、何が自分に合うかは分からずじまいだが、いまだに憧れはやまない。


福岡出身のひとりが教えてくれた、''きのこ帝国''と、''Kohh''は、彼の影響で好きになった。どちらも楽曲に孤独を感じる。わたしは、作品に静けさを感じるものが好きだ。


今日はインスピレーションが冴えまくっているので、書きたいことをどんどん書こう。


最近わたしの中で気になる土地が3つある。

そのひとつが長野だ。


わたしの尊敬するAさんが生まれ育ったところで、悪さをした日には、厳しい父親から裏山の木に括りつけられて一晩を過ごしたという話を聞かせてもらった。

Aさんの纏う静けさは、長野の山ともののけの中で培ったものだということをわたしはこの話を聞く前から、シュピリチュアルセンサーにより、薄ら理解していた。

3人姉兄の末っ子で負けず嫌いのAさんは、わたしと姉兄構成が一緒で、共通点が多かった。Aさんの夢は長野でペンションをやることだった。いまはわからないが、養子をとってもと言うほど、こどもが好きな彼は、長野の山で思う存分こどもたちを遊ばせてあげたいと考えていたのかもしれない。

わたしは彼の夢を'' 素敵な夢だな ''と、思って聞いていた。

そんなことを頭のなかで回顧していたら、店長の母親の出身地が長野だということがわかり、話が盛り上がる。さらには、父親の出身地は佐渡で、こどもの頃あそびに行くことが本当に楽しみだったという話も聞く。

店長が若かりし頃よく行っていたという、千葉の玉前神社は、わたしの母親の出身地にとても近いこともわかった。店長とも、ほんとに何かの縁があるんだろうなぁー。

じゃなきゃ、いまこうして時代の大転換期にこんなに近くにいるわけないと思う。


最近、わたしは道場に、研鑽を積むなんて建前の裏で、いい男と楽しい会話をしに行ってるところがあり、とても仕事と呼ぶには烏滸がましい。

お客さんや、スタッフからのおいしいものの差し入れ(たけのこご飯、山菜の天麩羅、ぬか漬け、崎陽軒の焼売弁当、ビックマックに、隣のベローチェコーヒーゼリーまで)に生かされているところもあり、本当に恵まれてるなぁ…と、感謝に絶えない日々を過ごしている。ここにいるのもあとどれくらいの間かはわからないが、今をしっかり生きたい。


今日は源泉が活発だ。

テレパシー交流も絶好調。


これから人物写真を撮りに行く。

カメラマンデビューも間近。



昨夜の透明な青空の十五夜に愛を捧ぐ



f:id:like_nanohana:20200508164253j:plain

Love♡Shine