ずっと、実名でブログを書くということをしてみたかった。 でも、できないでいた。
誰に読まれるかもわからないものに、自意識過剰要素を持ちこむなんて、ずいぶん幼稚だが、自分を知っている人に見られることが嫌で、やりたかったのにできなかった。
では、なぜ自分を知っている人に見られることが嫌だったのだろう?そこから考えてみたいと思う。
過去の自分が出会って関わった人たち、その人たちの前にいた自分と、いま、ここで文章を書いている自分は同じだけど、同じじゃない 。 彼らがわたしをこういう人、と見ていたわたしなど、本当はわたしじゃない。
なぜなら、彼らの前にいた自分は、本当の自分を表現してなどいなかったから。 相手に合わせて笑っていただけだから。それでも、そのときのわたしもわたしじゃない、とまでは言いきることもできない。
本当の自分とは何か?
自分でさえ、それをうまく説明することなどできる訳が無い。
わたしの前にいた人たちも、実はわたしと同じだったとしたら、、そんな風に想像すると、全くわからなくなる。
それから、彼女は本当はこういう人だったんだ、、などという、今度は文章を読んで勝手に何かにカテゴライズされることに対する嫌悪感を感じることから逃げていた(そういう現象が起きる可能性の低さにはあまり目を向けていなかった)
かなりざっくりだけど、そういうことが理由だと思う。そのことが本当にやりたいことをやることを押し留めていた。
こうして書いてみると、なんてことはない。
そんなことが理由でやらなかったなんて、下らないとしか言いようがない。
ほんとは、単に、自分に自信がなかっただけなのだ。
やって失敗するのが怖かっただけなのだ。
つまらないことを言い訳に、逃げていただけ
それほど傷つくことは怖いことなのだなぁ〜
と改めて知る。
ただ、わたしは今回こそは決めたのだ!
実名でブログを書く!と
決めたことを遂行するには、それを阻むものと向き合って解決していく必要があると分かった 。 ここまで書いて、だいぶ自分の中が整理されてきたことを感じている(早いな)
そう、まずは自分の中を整えること。 自分が歩いていく道を整備できるのは、自分だけだということ。
なんとなく、とか、もうやめるのだ!
では、なぜ実名でブログを書きたかったのか?
ひと言で言うなら、本当の自分を表現したかったということだと思う。
せっかく生まれてきたのだから、せっかく酸いも甘いもそれなりに経験してきたのだから、わたしという人間が日々感じることを表現してみたい。
誰かのためじゃなく、まずは自分を満たすために 。 そのオマケで、その時々に、似たような気持ちを共有したり、誰かなにかと繋がれたら、めちゃくちゃうれしいな〜と、まだ誰にも読まれてすらいないのに、オマケに期待までしているのだ。想像は、良いことも悪いことも、ひとりで勝手に暴走してしまう。
でも、良いことの方ならいいかな。
それから、カッコいい屋号で、センスを感じる写真のアイコンで、自分を表現できる人もたくさんいるし、意味はよくわからないけど、なんか面白くて人を惹き付けるやり方ができる人もいるけれど、わたしにはそのやり方はどうしてもしっくりこなかった。
何かになることができない質なんだと思う(馬鹿で単純)
自分をさらけ出したい欲求とかいうと、ほんとダサいけど、なんか、どーしても、そこからしかはじまらない何かがあることは、目を背けても、受け入れても、わたしの真ん中に常にふって湧いてきて、振り払おうとも決して完全には消えることはなかった。
わたしは絵のセンスもないし、物作りも不器用でダメだし、料理もきちんと計量できないし、スポーツに打ち込めるほどの健全な心がないし、ビジネスなんて興味が持てない。
だけどひとつだけ
20年近く、途切れながらも密かに続けてきたことがある。それが、詩を書くことだった。
だから、とにかくただの冷凍都市の住人のわたしも、ブログを書く自由を満喫したいと思う。 一大決心ではじめたって、結局自分が読むだけに終わる可能性は大なのだから。
そう、わたしをここに連れてきてくれた人たちとの出会いをカタチにしてみたいからやってみる。 憧れの自叙伝
ほんとうは誰でもにある凹凸のある、清濁織り交ぜた自叙伝にこそ、面白味のある真実の物語がある気がする。
だから、もしもわたしがこれを続けられたら、そして、もしもひとりでもこれを読んでくれる人がいたとして、その人がその人のやってみたいことをやってみるきっかけになるとしたら、、ちょっとだけ嬉しいと思う。
以前ノートに書いてたこと書いてみる
*大事なことは理解されることではなく
正直な気持ちを伝えること
*人はひとりで勝手に助かるだけ
*役割を演じてきた人生とは完全に
別れを告げる
*自分の真実にグラウンディングする
*今の自分を知る 足るを知る
*間違えた時は間違えを認めて道を正す
*本気!
*一歩を踏み出すこと
*孤独を抜けたら本当の繋がりが待ってると
信じる
*さみしいは嘘の声
*うわぁ〜やっちゃったよ、は本当の声
*いちど夢を手放す
*負けて勝つ
*さよなら、はじめましてを何度でも
わりと最近のこと
衝動的に今月仕事を辞めることにしてしまい、来月からは何もない。
何もないのに不安を探してもどこにも見当たらない 。 この一年、本気で生きることを仕事にして生きてる人と出会って関わったことで、わたしはいつの間にか、それまでの誰かや何かにコントロールされてきた常識、当たり前を捨て去っていたよう。
その人の生き方は私にとってはしびれるほどカッコいいのだ。 わたしもできることなら、カッコよく生きたい。
自分の我慢の上に成り立つ幸福など仮初の脆い幻想だ。
変化は自分から起こす
そこからはじめる
2019.6.22 早朝 隅田川にて