このブログを始めてから先日一年が経ちました。
自分が一体、どんな目的をもって、今生この時代に、この地球という惑星に、この国に、この姿形で生まれたのかを、ただただ知りたく、思い出したく、日記という形式で続けて参りました。
正直わたしは社会不適合者寄りの人間です。職業という肩書きは無く、何者とも名乗れない自分という存在が、日々生きている時間の流れの中、思ったことをシェアすることで、もしかしたら、似たような思いを抱きながら生きている人たちの何か僅かでもお役に立てるかもしれない。などという、社会に適合できない自分をどうにか肯定したいという気持ちも含め、淡い期待にも似た感情を持ちながら続けてきました。
自分がただ生きていることが、誰かのためになるとしたら、それこそが自分のよろこびだと信じて疑わずに邁進しました。実際何の役にも立てなかったかもしれないけれど、とにかく今日までのわたしを生きた証にはなりました。
何度も何度もわかった気になっては、それは本当の気持ちではなく、天国と地獄を行ったり来たりする日々の間で学んだことは微々たるものでした。なにかを目指すことが本当の目的ではないのに、気がつくと、いつも遠い彼方を見ている自分がいました。
今日そんな今までの自分とさよならすることを決めました。つい先程、突然思い立ちました。
これを続けたいと自然に思わなくなったからです。
ここ数日の間に、とても大事な何かをやり遂げて、まっさらになったつもりでしたが、どういう訳か、今のわたしの心はとてもさみしく、ひとりぼっちで、どこにも辿り着けないのではないか、という不安でいっぱいです。
午前中はそれとは真逆で、これからを生きる希望に満ち溢れていました。
どちらがいまの自分の本心に近いのだろう?と深く感じてみたとき、圧倒的に寂しさが大きいことがわかりました。
いま私は、何度も何度も転んでは起き上がり、這い上がってきた自分は愛おしく、頼もしく、よく頑張ってきたじゃない。と、自分に素直に言ってあげられる。
結局は、誰かのためになろうと、ならなかろうと、自分の心を支えるために続けてきた日記だったのだなぁ〜と思います。
この寂しさと共に、これからも命が続く限り生きていくだけなのだと思います。
いまこれを読んでくれてるあなたへ
ありがとうございます。
文章を通してだけでも(実際会ったことがある人も)あなたに出会えたことは、これからも続くわたしの冒険の力になると思います。願わくば、わたしもあなたにとって、そのような力になれたらやっぱりちょっと嬉しく思います。
終わりは新たな始まりでもあります。
この切なさを振り切って、いや、味わいきって、また一歩を踏み出していきたいと思います。
生きていてください。
共に生きていきましょう。
2020.7.1 朱里
白龍