朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

再生

 

 

 

わたしはもしかしたらもうすぐ本当に死ぬのかも知れない。

 

だから、こんなにも生き急ごうと魂が急いているのかも知れない。

 

極端になっている。

言動のすべてが。

いまが幻でもいい。

行きたい場所へ帰れるのなら。

 

こんな時は、自分の尊敬する人のことを思い出す。わたしが突然極端なことを言い出したり、やり出したりする時も、来る日も来る日も、やるべき事と真摯に向き合い、同じように感じる一日一日を積み重ねて生きている人たちがいることを。

 

今日はお教室の新年会だった。

家から着物を着て出かける。先生にご挨拶をし、お屠蘇でお酒をいただく。お屠蘇の作法など知らず、故に懐紙も持参して居らず、40も過ぎたのに恥ずかしかった。

先輩方と共に食べたり飲んだりしたが、落ち着かず。

先生の人柄が素晴らしいので、恐らくほかの教室と比べたら雰囲気はいいはずだが、やはりどこか女の世界といった空気を感じてしまう。居心地が悪い。輪というか場に馴染めない。上の空。だったら何故ここにいるのだろう。自分で望んで来たのに、矛盾だらけだ。

 

先日、ほぼ初めて、着物で都会に出た。

結局帯は未だに上手くできず、ショールで隠すカタチでなんとか難を逃れたが、ゆくゆくは、毎日着物を着てるおばあちゃんになれたらいいな、などと思う。日本の伝統的なことの知識を持ちたい。

 

夜は、人生道場の師匠と面談。

期待されていることを感じるが、あくまでわたしは、道場では自分の研鑽のために働きたいとの考えが軸にあるので、師匠の言葉に惑わされたり、揺らいだり、といったことにはならなかった。長く働いて欲しいとの考えがあることはわかるが、先のことなどわからない。いまはもちろん頑張っていきたい気持ちに嘘はないが、それはいまの気持ちだ。

ここにいる間は、精一杯自分のため、共に働く仲間のため、お客さんのために、自分にできることを全うしたいが、先のことまで約束はできない。先のことを考えることはやめた。いまこの時の自分の気持ちに正直に生きていたい。

 

とりあえず、今日(1/14)の夜、死んでこようと思う。死んだあとに、どうしたいかがわかるはず。

 

 

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何度でもおわり、はじまる