朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

Sさんのこと

書きたいことが次から次へと湧き上がってくる。 初心者にありがちな、スタートだけ勢いで突っ走ってすぐ息切れするような事態が簡単に想定できてしまう、そんな渦中のいま

そうなったら、なったで、もう致し方なし。

これはまさかの展開なのだろうか?いや、わたしは予感していた。

タイミングを見通してたかのように、一日中このブログのことを考える時間だけは、しっかりと自ら用意してしまっているではないか!

ずっとやりたかったのに、やらせずに内側に押し込めてきた分、外に飛び出した解放感は半端ない。


さて、今日は美容室へ行った。

おととしの秋、わたしは心機一転、10年貫いてきたロングヘアをバッサリと切る決意をし、ショート寄りのボブにまでスタイルを激変させた。 その時からの縁で、Sさんという超小顔でホストのようななりの、ホストのような立ち振る舞いの、まるでホストな彼に信頼を寄せ、以来彼がいるG座のお店へ通い続けている。

Sさんは、初めてカットしてくれた時、わたしの長年の相棒、分身とも言える切り落とした髪を丁寧に束ね、優しく包み、『記念にお持ち帰りくださいね。』と、笑顔と共に渡してくれた。


その行為が美しく胸をうった。


Sさんはまだ若いのに、ものすごく謙虚で物腰が柔らかい。Sさんとの会話は、毎度気づくとスピリチュアルな方向へと向かってしまい、彼は無自覚のようだが、明らかにそっちの素質十分な人と見える。

おばあちゃん子だった彼は、幼少期、死ぬことが怖すぎておばあちゃんに泣いてすがったらしく、そのときおばあちゃんは『大人になったら怖くなくなるよ~。』と言って、彼を慰めてくれたらしい。

昨日はそんな大好きなおばあちゃんの髪を染めにお家まで行ってあげたんだって。 可愛い人だなぁ~、とほっこりしてしまった。 


あと、並行世界(パラレルワールド)の話

Sさんは過去にロックバンドを組んでいて、音楽活動に行くか、それとも美容師の道を行くかで、思い悩んだ時期があった。

結果、美容師の道を選んだが、もし、音楽の方を選んでいたらどうだったか、と時々思うんだそう。

Sさんは、どちらかというと(ホストを除く)美容師より、バンドマンな雰囲気を醸し出している。わたしはそれを聞いて''なるほどなぁ~…''と思った。

わたしも過去、ワーキングホリデー制度を利用して外国に行って、英語を使いこなして、あわよくば、向こうに移住したいと考えたことがあった。 若かりし日の夢だ。

それが、どうしたことか、選んだのは、結婚と出産という道だった。 選んだ道は、苦しみの連続で、喜びなどひとかけらあるかないかで、華々しい20代、30代前半をほぼ修行の時間に費やすことになった。 

わたしは自身の人生の選択と、Sさんの人生の選択を重ね合わせて、出したひとつの答えを彼に伝えた。


もしかしたらなんだけど、バンドの方を選んでいても、ものすごく楽しかったかも知れないし、成功したかも知れないけど、私たちがひとつの魂でずっと何度も生まれ変わっているとしたら、たぶん、それはすでにいっぱいやってきていて、得意なことだから、今回は新しい方にチャレンジすることを選んだんじゃないかな?あくまでもわたしの勝手な見解だけど。


彼は、『そうかもしれないですね~。』と、社交辞令っぽくもありつつ、内心、本当にそう感じてくれたような、どちらとも言えない反応を返してくれた。


わたし自身は、今回は人生前半で修行を選ぶ必要があったんだと思ってる。 ずっと、面倒くさくて、あそんでいたくて、しばられたくなくて、逃げ回ってきたけど、いよいよ、そうも言ってられない局面に立たされた今回の人生だったのだと。


つまり、確実に学ばなければならないことが決まっていたと言えるのではないか?


有難いことに、わたしは恵まれていて、与えられることが当たり前の感覚で輪廻転生を繰り返してきたような気がするのだ。  だから敢えて今回は、試練を多く体験、経験することで魂の課題を乗り越えることを自ら覚悟して生まれてきたのではないだろうか?


こんなことブログはじめてすぐから話しだすなんて、かなり最初から読者を限定する事態になりかねない危険な賭けだが、たぶんこれはコアなとこ!むしろ、ここに興味を持ってくれる人こそ、わたしはこれからの人生のなかで繋がっていきたいと思っている。(故に続行します)


これは私のブログだ。自由に表現が許されている。 言いたいことはどんどん言おう。 基本、話しながら伝えるのは超絶苦手だから、文章の方が幾分ましだろう。


この考えに基づいて全人類へと感覚を広げていくと、それぞれにとってのシンプルな事実がただそこにあるだけになる。

よくこういう話で横槍を入れる人の言い分に、「じゃあ、虐待にあって苦しみ抜いて死んだ子どもはそれを選んで生まれてきたというのですか?!」などがあると思うが、はい、わたしはそれを選んだと思っています。


なぜなら、その子の魂にはそれを体感することで得られる学びがあったと思うから。前世で悪事をはたらき、魂の成長のために課せられた課題だったのかもしれない。だが、今生その課題を無事に終え、いま生きている人間に大事な教えを遺したことで、その魂は成長を遂げた。肉体は滅んでも、魂はまた命を得る時がくる。その時はまたちがう選択ができると思うし、次はとても穏やかなしあわせを手にすることができるのではないだろうか?

わたしはそのように考える。


事実に付随して複雑な感情が入り交じり、無言の攻撃がどんどんわたしたちを追い詰める 他者からも、自分からも、攻撃が終わることは無い。  一瞬、よけられたと思っても、安住の地は遥か彼方、せいぜい木の影に隠れるに留まっている。


……なんて話は、あくまでも、そこに無意識で居続けてる場合のみ。

そこが嫌なら好きなとこに行けばいいのだ。

極端なことを言ってしまえば、折角生まれるチャンスをもらって生まれてきたのに、無意識のまま、死ぬまでいっちゃう人の多さたるや。わたしも下手したらそっちいってたし、、。


ここまで読んでくれた人は気づいてると思いますが、あくまでも、わたしの考えは輪廻転生はあるという考えです。 ないという人は文句言いたいかも知れませんが、ないという考えをあなたが自身で広めてください。 その時点で交わりようがないので、あしからず。


わたしがもしも人気ブロガーで、色んな人がわたしの文章を読んで好き勝手な感想をいってきたら、を想像して上記書いてみました。


誰にも知られてないって楽だ。 好き放題、やりたい放題、あそび放題。

けど、それだけなのかも知れない。

ブログを通してわたしはあなたと繋がりたい。

できれば、読者を選びたい。

わたしと交わる必要の無い人にも、その人と交わる必要がある人がいると思うから、わたしはわたしと縁のある人を引き寄せたい 。

そのために、自分をさらけ出して、面白がってくれる人が寄ってきてくれたら嬉しい。


Sさんの話に戻る(すでに忘れかけてた)


つい先日は、龍が見えるというお客さんに始終、龍の話をされたそう。   Sさん曰く、その方に見える龍は、一般的に人が龍を想像した時に出てくるであろうドラゴンボール神龍のようなイカしたビジュアル系の龍ではなく、まるで小動物のように小さいヤツらしい、、、むむむ


特にオチはないのだが、Sさんそれを聞いて、毎度自分の部屋の決まった場所に置く指輪が何度も何度も失くなるのを思い出し、まさかあれは、龍の仕業か!そうなのか?!と思ったそうな笑


今後、彼のサードアイ開眼に期待したい。


Sさんは、会う度に破天荒な生き方へとシフトしているわたしに、『次いらした時どうなってるかはわからないけど、きっと悪い方へはいっていない気がします!』と笑顔で言ってくれた。


その言葉をお守りに、仕事でもなんでもないけど、ブログを書いていこうと思う。



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2019. 吉日  龍っぽい雲