朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

ソウルメイト3

Jくんはわたしより半年ほど前にこの会社に社員として入った人だった。

地方のいい大学を出て、東京のいい会社に就職し、そのままいけば出世街道まっしぐらという傍から見れば順調に進んでるかのように思えた彼の人生は、しっかり途中で座礁に乗り上げ、方向転換を余儀なくされた。 

ひとり思い悩む長い夜をいくつも超え、ようやく出世や安定の道を捨て、自分らしく生きるという一大決心をした彼は、わたしと同じく、魂の自分に突き動かされてしまったのかもしれない。 


わたしはとにかく目の前のことを頑張る以外、先のことなど考えてはいなかったが、彼はそれはもちろんのこと、先のことをものすごく考えて、わたしの何倍も努力をしていた。  


Jくんは心の優しい人で、気が利くし、人の話を親身に聞けるのが彼の魅力だった。 そんなところがちょっと風変わりなお客様からも気に入られていた。Jくんとは、年こそかなり離れていたが、時同じくして、共に人生の大転換期を迎え、走り出したということもあり、''お互いに頑張ろうね!''と励まし合う仲だった。ライバルでもあったし、同士という関係でもあった。

わたしたちが似ていたのは、いまものすごく頑張らないといけない時だと自覚があるものの、どこかその時期やそれを生きる自分を俯瞰して見ているところがあり、なにか没頭しきれない矛盾を抱えた自分を生きているところにあった気がする。だから、自分が頑張ってる時に頑張らない相手を見ると腹が立って、お互いに、『お前ももっと頑張れよ!』なんて思ったりもしていた。

今思えば、彼もわたしもたぶん、魂で生きることに頑張るって必要なのかな?そんな疑問が常に胸に渦巻いていたのかもしれない。


Jくんもわたしも初心者という点では同じスタートラインに立っていたが、わたしたちの違いは、彼はそれこそこの道でやってく覚悟を持っていたのに対し、わたしはそこまでの覚悟があったわけではなく、彼がプライドを捨て、まさに体当りで戦えるのに比べて、わたしは明らかにぬるかった。 

Jくんは時に自分のミスをわたしに被せて逃げることがあったが、わたしはそれを引き受けた。なぜなら、彼はわたしなら許してくれると信頼して自分の弱さや甘えを自覚していることがわかっていたから、その代わりにわたしも、''こんなダサいことするなら、絶対成長して周りのみんなを認めさせるくらいデカくなれよ!''と無言のエールを送っていた。 それにもちゃんと気づいていることが普段の彼から伝わってきたから、怒られることなど悔しくも何ともなかった 。

Jくんの接客スタイルは中途半端ないい人どまりで、わたしはそんな彼を見ていて思うところが常日頃からあり、すごくいいものを持ってるのにそれを発揮しきれていないことを苦々しく感じていた。 ある時飲みに行った際、わたしはめずらしく酔っていたのか、会話の成り行きでその日頃感じていた苦々しさをまるごと彼にぶつけた。

『そんなんだから、自分のこと好きになりきれないんだよ!そんなんだから、中途半端ないい人どまりなんだよ!わかってんのか?!!!』と。  

怒ることは基本苦手だ。 

この時なぜこんな怒りが湧いてきたのかはよく分からないが、結局わたしは自分に対して同じ怒りを抱いていたのだと思う。 彼には後にこの時のことを『あれは的を得てたからありがとうございました。』と感謝された。


わたしはいま、人と関わることを人生のテーマに生まれてきていると自覚したのだが、彼もまたそうなのでは?と思う。 だからこの時、本能的に接客の仕事を選んだのではないかと考えている。


ある日の営業前の準備時間に、その店の肝である商品(何とは言わない)をわたしがひとりで必死に洗っていた時のこと、Mさんが優しく『なにか飲む~?』と聞いてくれたのだが、素直じゃないわたしは、その申し出に対し『大丈夫です。』とニッコリ拒否した。 それを見ていたJくんは、しばらくして、わたしの前にドリンクを『はい!』と差し出した。 それは、わたしがその時飲みたかったアップルジュースだった。

まるで透視されていたかのようでびっくりしたのと、あとは、素直じゃないわたしの性格を理解していて、何も聞かずにドリンクを差し出してくれたJくんの気遣いに対し、わたしは素直に『ありがとう。』と言えた。 彼は照れ隠しでサッと去って行ったが、その後ろ姿を見送りながら、わたしもこんなさり気ない優しさが渡せる人になりたいと思ったのだった。


JくんとYさんとわたしはこの店をそれから数ヶ月後に去ることになったのだが、最後に3人でカラオケに行き、店に帰って話したことがあった。

正確にはYさんが急にマンマミーアかなんかのミュージカル曲を流して、店を舞台にまるでプロかと見紛うほどのキレのいい動きで踊りまくるのをわたしたち2人が優しく見守る時間だったのだが、JくんとYさんとわたしは、実は3人ともラッキー星出身だったのではないかと、たったいま深い繋がりを見出した。


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Tさんの作った美味しい賄い🍝