朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

なんでもない日

昨夜はいろいろな人が夢に出てきた。


母や、高2の時に亡くなった友達や、大好きな心の友や、とにかく知っている人祭りだった。ただ、内容はまったく覚えていない。残念ながら、すべて忘れてしまった。


けれど、目が覚めるときに、はっきりと〝Love Love Love〟というメッセージが頭に響いた。…あぁ~愛だな、ぜんぶ。と、幸せが身体中にかけ廻ったのである。


最近はひたすら今に集中することに、集中して過ごしている。予定や、行動の有・無問わず。そうしていると、気づくことがいっぱいある。わたしの場合、動かない時に、すぐ罪悪感めいた感情が湧いてくる。生産性のない自分に対して抱く罪の意識だ。これらを十分に感じることに焦点をあてる。これが許せないと、安易に働いて収入を得ることに走ろうとしてしまうからだ。働きたくない訳では無い。どちらかというと今すぐ働きたい。けれど、いま生きることが困難という状況になるまで、わたしは自分を観察してみたい。これまでのように先を案じて何かを選ぶのではなく、これからは、心の泉から湧き上がる思いを元に動き出す自分に会ってみたいのだ。

前の職場を辞める時に、ひと回り以上年の離れた女の子に『次の仕事決まっているんですか?』と聞かれたので「いえ、未定です。」と正直に答えた。すると彼女は『優雅ですね。』と返してきた。嫌味だったのかもしれないが、わたしは、いまの自分はけっこう優雅なんじゃないだろうか?真剣にそう思っている。つまり、いまこの瞬間だけに幸せの焦点をあてるのなら、本当にわたしはしあわせで、恵まれていて、ゆったりあくせくせずに生きられているという事実がここにあるだけだからだ。無論、いまこの瞬間だけに限るのかもしれないが、それでも、このしあわせは本物だ。

この気持ちを心と身体にしっかり浸透させたい。

常識、普通、当たり前、暗黙のルールなどという、ちっとも自分が楽しくも何ともない押し付けに雁字搦めで生きてきたことは、すでに過去として過ぎ去った。わたしは、勇気を出してそれを過去にしたのだ。


根は末っ子気質で、わがままで生意気で勝気なところがあるが、修行時代、長くそういった自分の本質を封印して生きてきた。修行を終えたいま、封印を解き、思いきりわがままに生きてみたい気持ちになっている。わたしが世界を自由に表現することが、結果的に、誰かの心を解きほぐすような、生きることのハードルを下げたりするような、そういったところに通じれば、とってもうれしい。


そのままで大丈夫だよ。


以前、好きな人に贈った言葉だ。

そのままで大丈夫って、いい言葉だなぁ~って思う。受容の極み。誰かにハグされながら、そのままで大丈夫って言ってもらえたら、生きたいという気持ちが湧き上がってくる気がする。誰かに言ってもらいたい。きっと、みんなそう思うだろう。


だからわたしがあなたへ贈ります。


そのままで大丈夫だよ。

そのままがいいんだよ。


ハグもしたいけど、近くにいないので、エアーでします。目を閉じて感じて下さい。


今日は何もなかったな、、と思った人、最後にありましたね笑


愛されているのです。あなたもわたしも。そう思えるか、思えないか、の違いなだけなのです。


愛し愛されて生きていきましょう。

光も闇も愛なのです。



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小さな光🕯