朱里日記

❁小さな自叙伝からはじまる魂の冒険記❁

徒然

熊谷守一美術館にいる。(いた。)


ずっと来たいと思いながら、微妙に家から遠いことを理由に、今度行こう、と、先延ばしにしてきた。今日でなくてもよかったが、なんとなく今日になった。


練馬区という、東京23区の中でも特に縁もゆかりも無い土地の住宅街に位置していたため、最寄り駅からの道のりはなんだかソワソワして落ち着かず、気温も低く曇り空という天候も影響してか、辿り着くまで、すこし不安だった。20分ほど歩いて美術館の壁に蟻の絵とクマガイモリカズの字を見つけた時は、ほっとした。


わたしが熊谷守一という画家を知ったのは、まだテレビを見ていた時代、''美の巨人たち''という数少ないお気に入り番組のなかであった。寝てる猫と三日月と蟻の絵が印象的だった。番組内で、晩年守一が、毎日縁側に腰掛けて蟻を観察し続けたのち、ついに、蟻がどの足から歩き出すかを発見したというエピソードが語られており、わたしはその話にいたく感動を覚えたのだ。画家というより、人間熊谷守一に興味を抱いた。


生まれてきた5人の子どもたちの内2人は、貧困の極地のような暮らしのなかで、幼くして命を落とした。特に可愛がった次男(陽)が亡くなった日に、守一は陽の絵を描いたという。これを非情で人間と思えないととるか、人間とはそういう一面がある生き物ととるかは、分かれると思うが、わたしはそれが人間なのかもしれないと思った。しかし、本人は描いた後に、これでは人間ではない鬼だ、と思い、愕然としたらしい。その感覚こそ、とても人間らしい。


美術館も、展示作品も、もちろんとてもよかったが、美術館内に置いてあった小冊子に載っていたあるエピソードに目が留まる。守一が40歳を過ぎた頃、パリに来ないかと友人から誘われるも、『好きな人がいるから』と言って断ったという話。この好きな人とは後に結婚した奥様のこと。純朴な人となりが垣間見え、いい話だな、、と胸に残った。


入口横のカフェで珈琲と胡桃のケーキをいただく。珈琲は、館長である娘(次女榧)さんの作った陶器のカップになみなみ入っていて、味もわたし好みだったし、ケーキはとても素朴でお母さんの作るおやつのようなおいしさだった。

帰り際『とてもおいしかったです。』と館員さんに感想を伝えると『ありがとうございます。またいらしてください。』と笑顔で返していただいた。


美術館を出て駅まで戻る道なりは、行きとは違い、街の空気がほんのすこし自分に馴染み、不安な気持ちはもうどこにも見つからなかった。



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ひと切れ食べた後あわてて撮る📷